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大阪地方裁判所 平成元年(ワ)781号 判決 1992年6月12日

主文

一  被告国は、原告に対し、金一〇万円及びこれに対する平成元年二月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告国に対するその余の請求及び被告乙山春夫に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用中、原告に生じた費用の一〇分の一と被告国に生じた費用の一〇分の一とを被告国の負担とし、原告及び被告国に生じたその余の費用と被告乙山春夫に生じた費用とを原告の負担とする。

理由

一  当事者及び事実経過

請求原因1項の事実(当事者)は、当事者間に争いがなく、同2項の事実(事実経過)も、五月一四日午前九時過ぎ頃に原告が港署を訪れた時刻の点と、同二七分ころからの電話のやりとりの中で乙山検事が、指定書を受領持参しない限り甲野との接見を拒否する旨を告げたとの点を除き、当事者間に争いがない。

なお、《証拠略》によると、原告は、五月一四日、甲野との接見を断念して港署を退去した後、乙山検事の指定書の受領持参要求は違法な接見拒否処分であるとして、大阪地方裁判所に準抗告申立を行つたが、同日夕刻ころ、同裁判所裁判官は、乙山検事が指定書の受領持参を求めた措置は適法であるとして右申立を棄却したこと、その後、原告は、五月一七日及び同月一九日の二回に亘り、港署の留置管理官から甲野が接見を希望している旨の電話連絡を受け、乙山検事に対して指定書を受領持参しなければ接見できないのかを電話で確認したところ、乙山検事が、この態度を変えなかつたため、二回とも自己の事務所宛にファクシミリによる指定書の送付を受け、これを持参のうえ甲野と接見したことを認めることができる。

二  接見交通権の意義及び接見指定の要件

1  憲法三四条前段は、何人も直ちに弁護人に依頼する権利を与えられなければ、抑留又は拘禁されることがない旨を規定するところ、刑訴法三九条一項は右趣旨に則り、身体の拘束を受けている被疑者・被告人は、弁護人等と立会人なしに接見し、書類や物の授受をすることができると規定する。

この弁護人等との接見交通権は、身体を拘束された被疑者が弁護人等の援助を受けることができるための刑事手続上最も重要な基本的権利の一つであるとともに、弁護人等の側からいえば、その固有権の最も重要なものの一つであることはいうまでもない。すなわち、被疑者の大半は法律的知識に乏しいばかりか、身体を拘束された場合には、自己に有利な防御活動をし、公判あるいは不起訴に向けて自己に有利な証拠を収集・保全するためには、事実上弁護人等の活動に頼るところが甚だ大きいのであつて、他方、弁護人等も適宜被疑者と接見することによつて初めて、被疑者の不安を取り除き、捜査機関による違法捜査の存否を監視し、被疑者にとつて有利な証拠を収集する等その職責を果たすことができるものということができる。

2  ところで、刑訴法三九条三項は、その本文で、弁護人等と被疑者との接見交通について、捜査機関が捜査のため必要があるときは、日時、場所及び時間を指定することができる旨規定するが、弁護人等の接見交通権が、前記のように憲法の弁護人選任権の保障に由来し、被疑者の防御活動にとつて極めて重要な意義を有することからすれば、捜査機関による日時等の指定は、一つしかない被疑者の身柄の取扱いを巡つて、捜査と接見とが衝突するのを回避するための、あくまでも必要止むを得ない例外的措置であつて、これにより被疑者が防御の準備をする権利を不当に制限することが許されないことはいうまでもない。

したがつて、捜査機関は、弁護人等から被疑者との接見申出があつたときには、原則としていつでも接見の機会を与えなければならないのであり、これを認めると捜査の中断による支障が顕著な場合に限り、刑訴法三九条三項にいう「捜査のため必要があるとき」に該当するものとして、弁護人等と協議してできるだけ速やかに接見等のための日時を指定し、被疑者が弁護人等と防御の準備をすることができるような措置を採るべきである(最高裁昭和五三年七月一〇日第一小法廷判決民集三二巻五号八二〇頁-杉山事件判決-参照)。

そして、右にいう捜査の中断による支障が顕著な場合とは、捜査機関が弁護人等の接見等の申出を受けた時に、現に被疑者を取調中であるとか、実況見分、検証等に立ち会わせている等被疑者の身体そのものを現実に必要とする捜査が現に行われている場合だけでなく、間近い時に右取調等をする確実な予定があつて、弁護人等の必要とする接見等を認めたのでは、右取調等が予定どおり開始できなくなる虞れがある場合も含まれると解することができる(最高裁平成三年五月一〇日第三小法廷判決民集四五巻五号九一九頁-浅井事件判決-参照)けれども、被告国が主張するような一般的な罪証湮滅の防止等を含む捜査全般の必要性をいうもの(いわゆる捜査全般説)ではないと解するのが相当である。

3  もつとも、このように、勾留された被疑者の身柄を巡る調整のため捜査機関に接見指定権が認められている以上、弁護人等から接見申出があつた場合には、その指定につき権限を有する捜査官にその行使の要否等を判断する機会を付与する必要があるというべきところ、警察から検察庁に送致された事件については検察官がその権限を有する捜査官に該当するから、検察官が当該事件ないし被疑者について接見指定権を行使する意思を有し、その旨を明らかにしている場合、すなわち検察官が、監獄の長に対して、弁護人等から接見の申出があつた場合には接見指定権を行使するか否かについて検察官に連絡するよう求める旨の「接見等の指定に関する通知書」を発した場合においては、たとえ警察の留置場に勾留されている被疑者であつても、留置担当官は、弁護人等から接見等の申出を受けた場合には、検察官に対し右の申出のあつたことを連絡し、指定権行使の有無及び指定する内容等について、検察官から指示を受ける必要がある。すなわち、この「接見等の指定に関する通知書」は捜査機関の内部的な事務連絡文書であり、それ自体は弁護人や被疑者に対し何ら法的な効力を生ずるものではないが、この通知書が発せられると、弁護人等は予め検察官の指定を受けずに留置場所に赴いて接見しようとしても直ちに接見することができず、留置担当官が検察官と連絡して接見指定権の行使の有無等について指示を得るまで、待機しなければならないことになる。これは刑訴法が捜査機関に接見指定権を認めて、弁護人等の接見交通権との調和を図つている以上、やむをえない手続というべきであり、こうした手続を要することにより弁護人等が待機することになりまたはそれだけ接見が遅れることがあつたとしても、それが合理的な範囲内に留まる限り、許容されるものと解するのが相当である(最高裁平成三年五月三一日第二小法廷判決-若松事件判決-参照。)。

4  従つて、弁護人等が、留置場所において接見を申し出たのち、連絡のための待機を余儀なくされ、ときには接見指定権の行使により即時の接見を拒否されるという事態を避けるためには、予め検察官に対し接見を申し出て、接見の日時や時間を協議する必要がある。その結果、検察官が弁護人等の希望する日時、時間の接見を無条件に了解するのであれば、検察官は刑訴法三九条三項に定める、接見指定権を行使しない旨を約束することになるし、弁護人等の当初の希望日時、時間ではなく、別の日時等や時間を設定することとなれば、右法条にいう接見指定権を行使することになる。前記の如き「捜査に支障のある場合」との要件を備える必要があるのは後者の場合に限られることはいうまでもない。

もつとも、多くの場合は、協議のうえ特定の日時時間が合意される結果は同じであつて、実務では、指定権を行使した場合だけでなく、検察官が弁護人等に対してその希望日時時間に身柄を必要とする捜査を行わない旨約束する場合をも含めて、いわゆる具体的指定として、運用されているものと解される。

5  そしてこの具体的指定を、検察官が弁護人等と留置担当官に通知する方法、すなわち接見指定権行使の方法については、その合理的な裁量により、電話など口頭によることはもとより、文書によることも許されるものというべきであるが、その方法が著しく合理性を欠き、弁護人等と被疑者との迅速かつ円滑な接見交通が害される結果となるようなときには、違法なものとして許されないものと解するのが相当である(前記浅井事件最高裁判決参照)。

なかでも問題となるのは文書による方法であるが、事前の接見申出に対する具体的指定の場合は、電話による口頭の連絡では、連絡相手が異なり、かつ時期も異なるために誤解や連絡ミス等の過誤を冒しがちで、かつ不明確さを伴いがちであるのに対比すれば、文書による方法は、検察官、弁護人等及び留置担当官の三者にとつて、手続的明確性を確保し、接見場所での紛争を防止して弁護人等のスムーズな接見等を確保するなどの利点を有し、さらには、不服申立の際の審判対象を明確にするという利点もあることは明らかである。その反面、文書を検察庁において受領するためには、弁護人等は、多かれ少なかれ時間と手間とを費やさなければならないし、ファクシミリにより送付を受ける方法も、格別の時間労力費用を要するものではないものの、弁護人等においてこれを書面化する必要があり、その機器を簡便に利用できるのでなければ、文書交付の場合と異ならない。したがつて、文書による方法は、その利用による長所と、それを受領しあるいは書面化して、携行し持参するために要する時間、労力とを対比して、合理的な選択が図られるべきものであるが、具体的指定のされた接見日時までに時間的余裕がある場合には、その文書の受領(あるいはファクシミリからの書面化)にいたずらに時間を要するなどの事情のない限り、検察官が弁護人等に対して、指定書の受領携帯を求めることは、その合理的な裁量の範囲に属するものと解することができる。

6  なお、検察官が弁護人等からの接見申出を受けた場合に発行する現行の文書の書式は、《証拠略》によると、「指定書」との表題が付され、その内容も接見指定権を行使する場合にのみふさわしい文言であるが、これによつて時間等が「指定」されても、必ずしも狭い意味での接見指定権の行使ではなく、右に述べたとおり、単に検察官が、接見を拒否しない旨を約したにすぎない場合を含むことはいうまでもない。

三1  まず、五月一三日の、電話での乙山検事の対応は、原告としても、翌朝港署において現実に接見申出をした際に接見が認められておればそれで目的を達し得たのであり、右電話での乙山検事の応答は、それ自体では何ら具体的に原告の権利利益を侵害しまたは制限するものではない。

2  次に、原告は五月一四日、午前九時一〇分ないし一五分ころ(原告と被告らとの主張に食い違いはあるが、以下の判断に影響しない。)、港署に赴き甲野との接見を求めたにもかかわらず、矢野総務課長から即時の接見を拒否され、乙山検事との連絡がついた同二七分ころまでに一二分ないし一七分ほど待機させられたのであるが、この程度の時間であれば、前記のとおり、接見指定権を行使する権限を有する検察官に連絡し、その指示を得るまでのやむをえないものとして、合理的な範囲内に留まるものと解され、この点を違法視することはできない。

3  もつともこのように待機を余儀なくされたのは、前日のうちに原告が乙山検事に接見を申し出て、同検事も原告と協議のうえ午前九時から午前一〇時までの間の一五分間の接見を認めることとしたにもかかわらず、「指定書」の受領持参を求め、これを原告が拒否したためであるから、この点で乙山検事が指定書の受領持参を求めたことが適法であつたかが問題となる(なお、乙山検事が指定しようとしたのは、原告が申し出た日時時間と認められるから、その指定につき、「捜査に支障を生ずることが顕著である」との、刑訴法三九条三項所定の接見指定権行使の要件があることは必要ではない。)。

《証拠略》を総合すると、原告の事務所は大阪市北区《番地略》に、その自宅は同区《番地略》にそれぞれあつて、その間の距離はせいぜい数百メートルにすぎず、また大阪地方検察庁(同区西天満一丁目一二番七号所在)ともせいぜい徒歩で一〇分程度の距離にあることが認められるのであつて、原告が一三日中にその事務所の事務員をして検察庁に赴かせて指定書を受領させ、または自己の事務所にファクシミリで送信を受けておけば、原告が当日中にはこれを受け取ることができなかつたとしても(《証拠略》によれば、同夜原告が帰阪した時刻からして、原告はその事務所に入ることが、ビルの管理上の制約から、できなかつたという。)、翌朝港署に赴く前に、事務所に立ち寄つて指定書を携行できたのであり、そうでなくとも、翌朝自宅から港警察署に向かう際、検察庁に立ち寄つて指定書を受領することは、ごく容易なことであつたと認められるのであつて、そのために原告が格別の時間的あるいは経済的負担を払う必要は無かつたものと認められる。

そうであれば、右乙山検事が指定書の受領持参を求めたのは、結局合理的な裁量の範囲内にあり、違法不当の点はなかつたものというべきであつて、これを拒否したために、原告が港署において前記のとおり待機を余儀なくされたことは、自ら招いた結果であつたといわざるをえない。

四1  次に、乙山検事が、午前九時二七分ころからの電話で、原告に対し、指定書の受領持参を要求した行為について見るに、これが、原告の即時接見の要求にもかかわらず、指定書を受領持参しない限り、原告が甲野に接見できないという結果を招くものであることは明らかである。

2  そこで、まず右時点における接見指定権行使の要件の存否を検討するに、原告は、弁護人選任届用紙に甲野の署名を得ようとして、前日、乙山検事に接見を申し出たのであり、乙山検事も、現実に事件の捜査に当たる警察官らに何らの問い合わせ等を行うこともなく、即座に、午前九時から同一〇時までの間の一五分間は原告の接見を認める旨を内諾し、原告もこれを承諾していたのであつて、九時二七分ころの電話における乙山検事の原告に対する対応も、原告の同時点における接見そのものを許さず、他の日時における接見を指定しようとしたものではない。また右時刻ころにおいて、甲野に対する取調等その身柄そのものを必要とする捜査は行われておらず、同人は午前九時四五分ころまで在監していた(<成立に争いのない甲第一〇号証、証人北川康弘の証言>によると、当日、捜査官の打合せ後、甲野を留置場から出場させて取調が開始されたのは午前九時四五分であつたことが認められる。)のであつて、弁護人と乙山検事とが電話で応答した時点から一五分間の接見が、捜査に顕著な支障を来すべきものでなかつたことは明らかである。

3  もつとも、乙山検事は、その本人尋問において、当日は勾留の翌日であり、午前九時三〇分ないし一〇時ころから警察官が甲野を取り調べることは当然のこととして予定されていた旨、そしてその取り調べ時間に食い込むのを避ける意味で指定権を行使する要があつた旨を供述しており、乙山検事としては、原告の接見時間ないし終了時刻を指定して、少なくとも午前一〇時以降の取調時間を確保しようとしたものと解されないではないが、原告は右認定のとおり、弁護人選任届の署名を得ることを主たる目的としており、接見時間を一五分間とすることについては異議なく了解していたのであるから、午前九時三〇分ころからの接見を認めたとしても、乙山検事が意図したと解される午前一〇時からの取調時間の確保は果たせたと推定されるのであつて(多少食い込むことがあつたとしても、甲野に対する取調予定自体も確定不動のものあるいは他の何らかの捜査の前提として不可欠のものであつたとは解されないのであつて、「捜査に顕著な支障」があるとは言えまいが。)、その意味でも、乙山検事が接見指定権を行使すべき理由があつたとは認められず、この点で、すでに乙山検事の措置は違法というほかない。

4  なお、乙山検事は、狭い意味での接見指定権を行使しようとした訳ではなく、原告の希望時間帯について接見指定権を発動しない旨を通知するために、指定書の受領持参を求めたと解する余地もあるが、それだけのために、ことさら書面を用いる必要があつたとは考えられず、電話の際に、口頭で原告及び留置担当官に、その旨を伝えれば足りたはずである。文書による指定の方法に合理性を肯定することができるのは、事前に、いわば接見の予約券を発行することによつて、過誤を防止し、接見場所での紛争を防止し、弁護人等の接見をスムーズに実現するのに資することにあるのであつて、現に弁護人が留置場所に赴いて接見を申し出て、留置担当官から検察官に連絡をし、検察官も他の日時を指定する訳ではない以上、もはや文書の発行にこだわるべき理由はないものというべきである。

他に、留置場所での紛争の防止など、書面による指定を必要とする特段の事情があつたとは窺えない。

5  他方、《証拠略》を総合すれば、港署と大阪地方検察庁との間を往復するとすれば、タクシーを使用したとして約四〇分程度(片道二〇分程度)の時間を要するものと認められるところ、前記の時点において、現に港署を訪れていた原告に対して指定書の受領を要求することは、港署から一旦大阪地方検察庁まで指定書の受領に行き、再び港署まで戻つて接見するよう要求することに他ならず、少なくとも右の往復に要する約四〇分程度の時間について接見が実現されないばかりか、その影響で原告にとつて更に相当の時間的損失を強いることが明らかであり、かつその遅滞のためにかえつて警察の甲野に対する取り調べの開始を遅延させるものでしかなかつたというべきである。

6  被告国は、乙山検事が、当日の右電話応答の際も、可能であればファクシミリ送信の方法、または、検察事務官を派遣する方法による指定書の交付を考えていた旨主張するけれども、乙山検事が原告に対して右のような方法を具体的に提案したことを認めるに足る証拠はなく、たやすく採用し難い。

7  そうすると、結局、前記の時点における状況からすれば、口頭による「指定」で十分であり、むしろ書面によることで無用の時間と手続とを要する場合であつたにもかかわらず、乙山検事は必要性のない指定書交付の方法に固執したものというべきであるから、(広義の)接見指定権の行使方法として著しく合理性を欠くものであつたと言わざるを得ず、その点において違法であり、指定書交付の方法に固執した乙山検事において、検察官として遵守すべき注意義務に違反した過失があるものといわざるをえない。

8  なお、被告国は、このように解するとすれば、接見を望む弁護人等において、理由の如何を問わず、指定書の受領を拒み続けていれば、最終的に検察官は常に口頭による接見指定権行使の方法によらざるを得ないこととなり、検察官の接見指定権行使の方法に関する選択権が奪われる結果となる旨主張するけれども、もともと「接見の指定等に関する通知書」は、捜査機関内部の連絡文書に過ぎず、これのあることを理由に弁護人等の自由な接見を拒否できる筋合いのものではないのであつて、接見申出後に、権限ある捜査官たる検察官に連絡して指定権を行使するか否かを判断する機会を与えれば足りるものであり、検察官としても、接見交通権との調和のため接見指定権が適切に行使できれば足りるはずのものであつて、その行使方法が、弁護人等の姿勢のために結果として接見現場への電話の方法になつたとしても、なお検察官が文書による指定にこだわらなければならない必要があるとは考えられず、指定書交付等の手段の選択が検察官等の本来的な権限であるかの如き右主張は本末転倒したものというほかない。

9  さらに、被告国は、被告乙山検事の行為が違法であるというためには、単に刑訴法三九条三項に違背するだけでは足りず、通常の検察官であれば当該行為に出なかつたであろうと認めるに足りる事情のあることが必要であると主張するが、そもそも「接見の指定等に関する通知書」が、捜査機関の内部文書であつて、弁護人等を拘束するものでないことは早くから司法関係者一般に認められていたところであり(前記浅井事件の原判決たる名古屋高等裁判所金沢支部昭和五七年一二月二二日判決判例時報一〇七〇号四三頁及び若松事件の原審たる大阪高等裁判所昭和六一年四月一七日判決判例時報一一九九号七九頁参照。)、現に検察実務においても昭和六三年四月一日に施行された法務大臣訓令の改廃により、従前の一般的指定書(事件事務規程二八条)が廃止されて、「接見指定をすることがある旨の通知」を出すように改められたのである。そして、《証拠略》によれば、右法務大臣訓令の改廃に伴つて行われた日本弁護士連合会と法務省との協議において、法務省は、弁護人は指定書を受け取る義務はなく、持参する必要もないこと、指定書の送付は弁護人等から特に反対のない場合に行うこと、弁護人が指定書を受け取らない場合には、<1>弁護人が指定書を接見場所に持参しないときでも、その一事でもつて接見の拒否はしない。<2>指定書を持参しないときには、留置管理係から検察官への問い合わせをして、検察官が接見を指定するか否かを決める。<3>検察官は、指定要件を検討し、口頭で留置管理係に接見の指定をするか否かを伝えることとする旨回答していたことが認められるのである。

そうであれば、乙山検事としては、この通知書を発して、現場の警察官に接見の可否の判断をさせない措置をとつているのであるから、その責任者として、接見の申出を受けた以上、直ちに刑訴法三九条三項の具体的指定の要件の存否を判断し、弁護人等の申出の日時を容れることができないときは、弁護人等の接見交通をできる限り速やかに実現させるべく協議を行う義務を負うものである。ところが《証拠略》に照らせば、乙山検事は、前日以来の経過から、現に原告が留置場所である港署に赴いているにもかかわらず、指定書の交付にこだわつたものであつて、このような場合にもなお具体的指定書を発する権限を有するものと考えていたのであれば、検察官として弁えるべきところを欠くものとして、過失があるといわざるを得ない。

10  なお、前記認定の事実経過からすれば、原告にも弁護人になろうとする者としての対応としては柔軟性を欠くものがあつたというべきである。接見指定権が接見交通権との調和を図る制度である以上、接見日時までに時間的余裕があれば、手続的明確性の確保等のために、そして弁護人自身のスムーズな接見実現のために、指定書を受領して持参することをいたずらに否定すべきではない。ことにファクシミリの利用は時間的労力的負担が少なく、かつ書面の利用による利点をも確保できるようになつたのであつて、これをも拒否した原告の対応もまた頑なであつたといえ、このことが自己の接見する権利の実現を遅れさせる一因であつたことは否定し得ない。

もつとも、このことは、原告の被侵害利益に対する慰謝料算定の際の一事情になり得るのは格別、乙山検事の検察官としての過失責任を免ずる理由にはなり得ないものというべきである。

六  原告の損害について検討する。

原告は、前記認定のとおり、最終的にはその日の接見を断念し、弁護人選任届の作成もできなかつたことなどの諸事情のほか、乙山検事が、接見そのものには何らの異議もなかつたのに、指定書の受領持参にこだわつたため、通常の接見申出の際に要求される検察官との協議を超えた議論を強いられたり、準抗告申立を余儀なくされる等の労力負担を強いられたこと等、精神的苦痛を被つたものと認められる。これらの事情に加え、前記説示の接見交通権の性質や重要性をはじめ、前日の五月一三日からの原告と乙山検事との交渉経過においては原告が頑なであつたこと等本件に現れた諸般の事情を総合して判断すると、原告の右精神的苦痛を慰謝するに足る金額としては金一〇万円が相当である。

なお、準抗告申立が正に弁護人として当然の職責であるとしても、そのことから原告に右のような精神的苦痛が生じていないとは言い難いし、右申立のような法的手段に訴えることによつて、右の精神的苦痛が必ずしも慰謝できるものでもない。加えて、刑訴法上の機関である弁護人の地位にある弁護士個人に精神的損害が生じ得ないと断ずることもできないのであるから、これらの点に関する被告国の主張は採用できない。

七  乙山検事に対する請求についてみるに、公務員がその職務上の行為につき第三者に損害を加えた場合、当該公務員個人は右損害の賠償をする義務を負わないものと解するのが相当であるところ、前記認定の事実によれば、乙山検事が、五月一四日午前九時二七分ころの時点において、原告に対して指定書の受領持参を要求した行為は、乙山検事が、甲野の被疑事件の主任検察官として、その職務上行つたものであることが明らかであるから、原告の被告乙山検事に対する請求は理由がない。

八  以上の次第であるから、原告の被告国に対する請求は、金一〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成元年二月一九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、被告国に対するその余の請求及び被告乙山検事に対する請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、仮執行の宣言については相当でないから、これを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下司正明)

裁判官綿引穣、裁判官永淵健一は、いずれも転補のため署名押印できない。

(裁判長裁判官 下司正明)

《当事者》

原告 中道武美

右訴訟代理人弁護士 別紙目録記載のとおり(略)

被告 国

右代表者法務大臣 田原 隆

被告国指定代理人 杉浦三智夫 同 大築 誠

被告 乙山春夫

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